ホントに泣ける、死の定義について考えさせられる・・人魚の眠る家

CMでの鑑賞シーンで泣いている人が多かったから、ホントに泣けるのか半信半疑でした。後半になるにつれて、涙が止まらないくらいでした。
最初の方は、娘のために色々と奮闘する母親に呆れ気味で観ていました。自分も母親ですが、脳死状態で目を覚ますことは無いと医師から診断されたら、臓器移植を考えるだろうと思いました。でも、心臓が動いていて、呼吸が出来ていれば生きていると思いたい気持ちがあっても良いのかなとも思うようになっていました。映画のなかでは夫や兄、妻の身内も意識が無い状態なのだから、死んでいると思うようになって、母親は孤立状態になっていきます。
生きていると考える母親は周りの目を気にせず、昏睡状態の娘を車いすに乗せて外出します。でも、周りは理解してもらえません。当たり前と思う母親と、おかしいと思う周囲の描写が上手く表現されていました。でも、最後の方で何故外出していたのかわかる場面があります。この辺りから、涙が止まらなくなってきます。
生きているとはどんな状態なのか、考える映画だと思います。最後は臓器移植を選択しますが、心臓は提供された男の子の体の一部となって生きて行くから、死んではいないという医師のセリフがあります。運よく臓器移植があれば生きることは可能ですが、移植されるのを待っている間に亡くなる場合もあります。
ずっと昏睡状態で目が覚めることは無いと言われても、すぐ臓器移植を選ぶのか、延命措置をするのがよいのか、映画を通して問いかけられたような気がしました。私も子供がいるので、他人事とは思えませんでした。自分も同じ状態になった時は、目が覚める可能性を信じてしまうかもしれません。少しでも、同じ時間を過ごしたいし、子どもを大切に思う気持ちは変わることは無いと思います。

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